ベン・ホロウィッツの「HARD THINGS」を読んだ

最近、組織的な動きによって問題の解決が可能かを考える場面がたまにあるので、何かヒントになることでもないかと思い、前から読んでみたかった本書を読んだ。

HARD THINGS

HARD THINGS

良かったところを以下に述べる。

CEOの苦闘の話

前半の苦難が詰まったエピソードを読んだ後に、CEOの苦難が語られ始める。 特に下記のフレーズ。他の文書と違ってやたら詩的でぐっとくる。

苦闘とは、そもそもなぜ会社を始めたのだろうと思うこと。苦闘とは、あなたはなぜ辞めないのかと聞かれ、その答えを自分もわからないこと。苦闘とは、社員があなたはウソをついていると思い、あなたも彼らがたぶん正しいと思うこと。

苦闘とは、料理の味がわからなくなること。苦闘とは、自分自身がCEOであるべきだと思えないこと。苦闘とは、自分の能力を超えた状況だとわかっていながら、代わりが誰もいないこと。苦闘とは、全員があなたをろくでなしだと思っているのに、誰もあなたをクビにしないこと。苦闘とは、自信喪失が自己嫌悪に変わること。苦闘とは、苦しい話ばかり聞こえて、会話していても相手の声が聞こえないこと。苦闘とは、痛みが消えてほしいと思う時。苦闘とは、不幸である。苦闘とは、気晴らしのために休暇をとって、前より落ち込んでしまうこと。苦闘とは、多くの人たちに囲まれていながら孤独なこと。苦闘は無慈悲である。

苦闘とは、破られた約束と壊れた夢がいっぱいの地。苦闘とは冷汗である。苦闘とは、はらわたが煮えくり返りすぎて血を吐きそうになること。苦闘は失敗ではないが、失敗を起こさせる。特にあなたが弱っているときにはそうだ。弱っているときは必ず。

採用周りの話

今の勤めている会社は100-200人くらいの規模の会社で、そんなに小さくはないが大きくもない会社で、日々採用面接を担当している。 候補者の職歴はスタートアップから大企業から様々で、面接をするたびにこの人は果たしてこの会社でやっていけるだろうかと考えている。 本書は基本的には「幹部」の人事について言及していたが、一般社員にもある程度当てはまるように感じ、とても参考になった。

「大企業の幹部が小さな会社で成功できない理由」のセクション

大企業から小さな会社の転職の場合、

  • ペースのミスマッチ: 「大企業の有能な幹部の多くは、四半期に新しいプロジェクトが3つあったら、多すぎると言うだろう」
  • スキルのミスマッチ: 「大企業を動かしていくには、新たに組織をつくり上げるのとはまったく異なるスキルが必要だ」

のようなミスマッチがあり、そして、そのような採用の失敗を防ぐには、

  • 面接段階でどうしようもないミスマッチを察知する
  • 面接と同じくらい融和を大切にする

が大切だと書かれている。

ミスマッチの検知

下記のような質問をすると良い、と言っており参考になる。

  • 質問: 仕事に就いて最初の一ヶ月に何をしますか?
    • 勉強という答えを強調しすぎる人には要注意だ
    • 候補者が、割り込み駆動型である兆候を見逃してはならない。小さな会社では、割り込みはいつまでたってもやってこないからだ。CEOが無理だと思うくらい新規プロジェクトを持ってくる候補者を探そう。
  • 質問: 新しい仕事は、あなたの今の仕事とどう違いますか?
    • 仕事の違いを自覚しているrかどうかに注目すること
    • 過去の体験の大部分を今すぐ応用できると思い込んでいる候補者は要注意だ
  • 質問: なぜ小さな会社に入ろうと思いましたか?
    • ストックオプションが主要な動機でないかに注意せよ。ゼロの1パーセントはゼロだ。
    • 大きな会社と小さな会社でもっとも大きく違うのは、経営している時間と、創造している時間の長さだ。

入社したら積極的に溶け込ませる

  • 創造を強いる
    • 毎月、毎週、あるいは毎日でも目標を与えて、すぐに結果が出せることを確認する。
  • 「理解」をしているか確認する
    • コンテキストを持たない幹部は、スタートアップでは価値を持たない。
    • できるだけ早く、必要な情報を与えること。何も質問がなければ解雇を検討すべきだ。30日経っても状況を把握できていないと感じたら、間違いなく解雇すべきだ
  • 社員と接触させる

その他の人事の話

下記のセクションも良かった。

  • 人を正しく解雇する方法
  • 幹部を解雇する準備
  • 親友を降格させるとき
  • 友達の会社から採用してもよいか

人間の感情を認めた上で、人事判断を行う際にどう振る舞うのが良いのかを経験を元に描かれていて良い。 このような人事がどのようなダイナミズムで発生するかが面白かった。

「幹部の採用 - 未経験の仕事でも適任者を見つける」のセクション

幹部の採用のためのステップは下記の通りと書かれている。

  1. 自分が欲しいものを知る
  2. 適性を見極めるプロセスを実行する
  3. 孤独な決断を下す

人の採用を行うに際して陥りやすい罠として、「典型的な人物を探してしまう」という項目が挙げられており、最近の自分の判断を省みながら読んだ。 結成したての少数チームのメンバーの採用にとっても、大事な考え方だなと感じた。

もし私が典型的な人物を探していたら、マーク・クラニーを雇うことも、今あなたがこれを読んでいることもなかっただろう。この誤ったアプローチは、セールス責任者にプラトンイデア(真実の姿)を求めることと同じだ。まず、理想的なセールス担当幹部のイメージを描き、次に現実世界の候補者を自分のモデルと一致させようと試みる。これは良くない方法だ。第一に、あなたが雇おうとしているのは、架空の会社で働く概念上の幹部ではない。自分の会社の今この瞬間にとって、正しい人物を雇わなくてはならない。2010年のオラクルのセールストップは、1989年なら失敗していた可能性が高い。アップルのエンジニアリング担当副社長は、フォースクエアにとっては完全に誤った人選かもしれない。重要なのは詳細さと明確さだ。第二に、CEOが描く空想モデルは、ほぼ確実に間違っている。CEOがこのモデルをつくった根拠は何だろうか。最後に、そんな曖昧な基準を面接チームに教え込むことはあり得ないほど困難である。その結果、全員が何か違うものを求めることになる。

目標管理の話

「社員がマネージャーを誤解するとき」のセクション

このセクションでは、数字を重視するあまり間違ったインセンティブを与えてしまい失敗していた事例が書かれていた。

促進する対象には、定量化できるものとできないものがある。定量的な目標についてばかり報告して、定性的な目標を無視していけば、定性的な目標は達成できない-たとえそれがもっと重要な目標であったとしても。純粋に数字だけによるマネジメントは、筋通りに色を塗るぬり絵キットのようなもの-あれはアマチュア専用だ。

と言っている。これは、最近のトレンドの一部の OKR による目標管理に反対になる意見のように見える。 (参考: https://satoshihirose.hateblo.jp/entry/2019/01/05/153343

文章中には見落とされがちな定性的な目標として

  • 対ライバルの勝率は、上がっていたか下がっていたか?
  • 顧客満足度は、上がっていたか下がっていたか?
  • わが社のエンジニアたちは、この製品をどう思っていたのか?

を例としてあげられていたが、社員や顧客に対するサーベイによりこれらの項目を定量化することはOKRの中では普通に行われているように思う。

カルチャーの話

罵倒語

著者のベン・ホロウィッツは罵倒語を良く使うらしく、社内でそれを使うことの是非についても書かれてあった。 部下からその点を問題提起され、ベンは下記のように整理したらしい

  • テクノロジー企業では罵倒語を不快に感じる社員もいるが、不快に感じない社員もいる。
  • もし罵り言葉を禁止したら、罵り言葉を使っている社員は「この会社は古臭い」と思い、辞めてしまうかもしれない。
  • 罵り言葉を続けると、それを不快に感じる社員の一部は辞めてしまうかもしれない。
  • なんといっても私が最大の違反者なのだから、私の判断に偏りが入り込むのは避けられない

この罵倒語を使っている会社はクールである、といった風潮を感じたことはないが、当時のアメリカではそのような風潮はあったのだろうか(今も?)(もしくは、エグゼクティブの界隈ではあったのかもしれない)。 その問題提起に対して、ベンは社員を集めて下記のように言い渡したらしい。印象的な場面なので長いけれど引用する。

「当社における罵倒語の頻繁な使用が一部の社員を不快にしているという問題があると知った。罵倒語の使用頻度のナンバーワンとして、私自身の振る舞いを反省したが、同時に当社全体の問題としても考えてみた。私の考えではふたつの選択肢がある。(a)罵倒語の使用を禁じる、(b)罵倒語の使用を受け入れる-だ。このふたつの中間の選択肢というのは、理論的にはともかく現実的ではない。『罵倒語の使用を最小限に留める』などという対策は実効性がない。前にもの述べたことだが、世界で最優秀の人材を惹きつけられなければ、われわれは勝利できない。テクノロジー業界ではほとんど全員が罵倒語の使用を受け入れている。

そこで、罵倒語の使用を禁じることで生じる人材の損失は、受け入れることによって生じる損失を上回ると予想される。以上の理由で当社は、罵倒語の使用を受け入れる。ただし、いかなる場合でも、セクシャル・ハラスメント、その他の不当な目的で罵倒語を使ってはならない。罵倒語を使うかどうかにかかわらず、かかる行為が許されないのはもちろんだ。(略)」

その日以後、罵倒語に対する苦情は後を断った。それにこの方針によって会社を辞めた人間も出なかったようだ。ここで強調したいのは、組織で問題が生じたときに、必ずしも解決策は必要なく、単に事柄を明確化するだけで良い場合もあるという点だ。脅迫やセクハラにならない限り罵倒語の使用はオーケーだということをはっきりさせただけで、問題は消滅した。ともかく、この方針の結果、職場環境の快適さは維持され、辞職率は低いままにとどまり、苦情はなくなった。つまり、この方針は正しかったということになる。

最近の心理的安全をケアする風潮からするとにわかには信じられない言説だ。 (参考: 「暴言を吐かれた人は処理能力が61%、創造性58%落ちる」暴言が#職場 にもたらす悪影響 https://togetter.com/li/1201526

もしくは、単に私がスタートアップもしくは「戦時の企業」に向いていないだけなのかもしれない。 少なくとも個人的には頻繁に罵倒語やリスペクトに欠ける発言を頻繁に目にするような状況は、退職を検討するひとつの理由になるのではと感じている。

「優秀な人材が最悪の社員になる場合」のセクション

企業が大きくなるにつれて、円滑なコミュニケーションはどんどん難しくなっていく。 それにつれて優秀な人材が悩みのタネとなるという話も興味深かった。

ある種の人々はコミュニケーションのスタイルがあまりに好戦的なので、誰も口を利きたがらなくなる。誰かがマーケティングの話題に触れるたびにマーケティング担当副社長が飛び出してきて怒鳴りまくるようだったら、誰もマーケティングの話をしなくなる。会議にこういう根性曲がりがいると誰も口を開こうとしなくなる。その結果、会社幹部の間での意思疎通に大きな障害が生じ、やがて会社全体にその悪影響が出る。念のために付け加えておくが、問題の社員が一方で極め付けに頭がいい場合のみ、こうした破壊的な影響が広がる。そうでなければ、その社員が誰を攻撃しようと気にする者はない。ケガが大きくなるのは大きな犬に噛まれたときだ。もし幹部スタッフに大きな犬がいる場合は、その犬をどこかに追い払うしかない。

偉大なフットボール・コーチも同様のことに言及していると引用し、その影響をコントロールすることを肝に銘じるよう締めている。

「ひとりがバスに遅れれば、チーム全員が待っていなければならない。うんと遅れれば、チームは試合に間に合わなくなってしまう。だからそんなヤツは許しておくわけにはいかない。バスには出発しなければならない時刻がある。そうは言っても、時にはあまり役に立つので、バスを遅らせるのもやむを得ないような選手もいる。しかしそれはよほどの選手に限る」 (略) 時として会社にはデニス・ロッドマンのようにあまりに貢献が巨大なので、何をしても許容せざるを得ないような社員が存在することがある。だがその場合、CEOはその社員の悪影響が会社のほかの社員にひろがらないように自ら措置を講じなければならない。「社会全体でもデニス・ロッドマンはめったにいない」ことを肝に銘じておくべきだ。

1on1の話

1on1とは書いていなかったが、社員との個人面談の大事さについても言及している。 社員の方が個人面談の主役だと前置きしつつ、意見を引き出すのに役に立つ質問の例として下記のものをあげている。

  • われわれがやり方を改善するとしたらどんな点をどうすればよいと思う?
  • われわれの組織で最大の問題は何だとおもう?またその理由は?
  • この職場で働く上で一番不愉快な点は?
  • この会社で一番頑張って貢献しているのは誰だと思う?誰を一番尊敬する?
  • きみが私だとしたら、どんな改革をしたい?
  • われわれの製品で一番気に入らない点は?
  • われわれがチャンスを逃しているとしたら、それはどんな点だろう?
  • われわれが本来やっていなければならないのに、やっていないのはどんなことだろう?
  • この会社で働くのは楽しい?

まとめ

紹介しなかったどの章も興味深く、組織で働く上で折に触れて読み返したいと思えるような本だった。